開成高校柳沢幸雄校長の「腑に落ちる」名言集

いまだ全容が見えてこない大学入試改革ですが、受け皿である大学業界はもちろん、中学・高等学校側でも不安感を募らせていることでしょう。現在の中一生から新試験へと切り替わることもあり、中二生も一浪すれば新試験を受けざるをえません(移行措置や救済措置があるかもしれませんが)。既存のカリキュラムをどのように修正すれば新試験に対応できるのか、学校・生徒・保護者の関心は極めて高いかと思われます。

国による教育政策の行方が流動的となっている状況下、高等学校の「横綱」は教育の本質をどのように考えているのでしょう。ネタ元は読売新聞に掲載された開成高校柳沢幸雄校長と灘高校の和田孫博校長の対談ですが、記事中の発言を引用しつつ、それに対する所感などを織り交ぜていきたいと思います。

柳沢 私はかつてハーバードや東大の大学院で教壇に立ち、現在は中高の校長を務めています。(中略)高校卒業段階では、日本の多くの若者がきわめてハイレベルだということです。ところが、大学入学後、成長が鈍化してしまうのです。いま何よりも求められるのは、大学卒業段階でさらに輝けるように、実社会と大学教育の連携を図ることです。

柳沢校長は元大学教員ということもあり、わりと積極的に表に出てくる先生。私立中高は基本的に生え抜きの先生を校長に昇格させる(和田校長も灘の教員出身)ものだが、受験戦争とは距離を置いた人を校長として招くあたり、開成中高の凄みというか余裕を感じる。
開成卒の人材を鈍化させてしまう大学教育も不健全だと思うが、やはり1学年400人の開成と、1学年3000人の東大とでは、教師の目配り・気配りに差が出るのだろうなと思う。
一方で、「高校卒業段階では日本の多くの若者がきわめてハイレベル」という指摘については、かなり局所的な見方であろうと思われる。中堅以下の大学では高校の補習授業のような講義やサポートを行っており、高校のカリキュラムを未消化の若者が大学になだれ込んできているのが現状だ。開成中高とは別次元の世界だが、誰でも卒業できる(卒業させる)初中等教育システムは、本腰を入れて見直さねばならないだろう。

- 知識の習得だけでなく、思考力、判断力、表現力などの養成を重視するという考え方についてはいかがですか?

柳沢 知識習得の比重を下げるのであれば、明らかな間違いです。知識をないがしろにして、思考力などが養われるはずがありません。

安倍政権による教育改革が急進的なのは、大学教育・大学入試が日本社会の長期低迷の一因だと考えられているからだろう。たしかに、入試当日の知識量を競わせる大学入試の在り方は滑稽だし、ポテンシャルの高い若者すらもスポイルしてしかねない悪慣行だと思う。
一方で柳沢校長の言うように、知識を踏まえない思考などそもそも存在しない。大学入試改革により知識偏重からの脱却を図るのはけっこうなことだが、知識を持つことへの意欲を削ぐようなものではあってほしくない。

柳沢 ゆとり教育の学習指導要領に移行した際、「知識の詰め込みでは想像力は育たない」という意見が数多く出されました。これは知識を表層的に捉えてしまったことによる誤解です。私は、知識には2段階あると考えています。第一は新しい知識を理解する段階、第二は獲得した知識を定着させる段階です。確かに、知識を詰め込んで理解する段階で終わってしまえば、指摘されるような問題が生じるでしょう。けれども、理解した知識を定着させれば活用できる知識になります。そして、活用できる知識を豊富に持つことによって、はじめて想像力が生まれるのです。知識の定着無くして何かを生み出すことはできません。

ゆとり教育の失敗は、教科書を薄くするだけの変更にとどまったことだろう。授業時間は各学年とも年間で70時間(週2時間)ほど減少した。柳沢校長の指摘にあるように、その70時間を知識を活用する時間に充てていれば、また違った結果につながったのかもしれない。
また、個人的な見解だけれども、そろそろ学習指導要領や単位制の強制を終わりにしてはどうだろうか。教育の最低水準を維持するという意味では不可欠であろうが、SGH(スーパーグローバルハイスクール)やバカロレアのような基準を設けることで、質の高い教育を提供する学校には教育内容を自主編成する裁量を与えられないものだろうか。

柳沢 保護者には、子離れを意識してほしいと思います。子供には親離れの本能が有りますが、親には子離れの本能はありません。それでは子供はいつまでも自立できません。困難を抱える生徒の多くが親子関係に起因しているのです。反抗期とは、本能で親離れしようとするものの、複雑な社会への不安感があり、その葛藤をぶつけやすい対象として親を選んでいる状態のことです。

親には子離れの本能がない、という指摘がとても腑に落ちる。実際のところ、「高校生は子供、大学生は自立」という考え方が日本社会では非常に根強く、子供に自立心の芽生えさせるタイミングが遅いように思う。
しかし、大学生となり束縛から開放するだけでは自立とは言えず、ただの自由放任状態にすぎない。大学生はようやく就職活動を通じて、一人で社会と向き合い、厳しい現実の中から生きる術を見つけていく。いまの日本では、就職活動は自立のための最高の教材とも言える。しかしこれでは遅すぎるので、中高の早い段階で「子離れ」するのが大事だと柳沢先生は言っておられるのだろう。

対談記事の中からごく一部のみ抜粋してきたが、やはり中高の先生の言説に触れると、彼らは生徒のことをよく見ていると思う。生徒の日常生活から進路のことまで、教師が全面的に関わっている。学生の自主性に委ねると言いつつ実際は放置しているだけの大学としては身につまされる思いになる。

次回もまたよろしくお願いします。

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