政府肝いりの『職業人養成大学?』がコケそうなワケ

2016年1月20日に文科省内で「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する特別部会(第9回)」が開催されました。
この部会は大学と専門学校の中間的な位置づけとなる新しい教育機関を作ろうということを目的としており、新聞やニュース等を通じてご存知の方も多いかと思います。
第9回の部会では議論の骨子(素案)が示されましたので、それについての考察などをさせていただきたいと思います。なお、配布資料は下記URLにて公開されております。

実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する特別部会(第9回) 配付資料
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo13/gijiroku/1366363.htm

「専門職なら食べていける」という勘違いが前提の教育政策

今回提示された骨子(素案)によれば、専門職業人を育成する新しい教育機関が必要となる背景として、以下のストーリーが語られています。

①世界的な状況
○知識基盤社会を迎え、産業は高度化・複雑化
○産業構造の変化・職業の盛衰のスピードはますます急速
②我が国の状況
○従来の日本型雇用慣行に変質が生じ、企業内教育訓練は縮小傾向。
○企業の従業者数の約7割は中小企業従業者が占めており、また、産業別では、第3次産
業就業者の割合が増え、約7割となっている。
○今後の需要増が見込まれるのは、専門的・技術的職業従事者、サービス職業従事者等で
あり、職種の専門性に基づくジョブ型雇用(専門性を生かして企業横断的にキャリアアップ
を行うなど、1つの企業の中で職務内容を限定されずに働くメンバーシップ型の雇用とは
異なる働き方)へのシフトが進むとの予測。
③今後の職業人材養成の在り方
○ 上記のような状況の中、我が国の経済競争力の維持・向上を図るためには、
・成長分野等への人材シフトを円滑に進めるとともに、
・個々の職業人の労働生産性を高め、事業の現場においても、商品・サービスの質向
上など、様々な変化への対応等を推進していくことが不可欠。
○ 今後の職業人材養成においては、
・成長分野等で求められる人材に必要な能力の育成に迅速に対応していくこと
・特に、変化への対応を求められる中で、事業の現場の中核を担い、現場レベルの改
善・革新を牽引(けんいん)していくことのできる人材の養成強化を図ることが必要。

一見するともっともらしい理屈が語られていますが、アンダーラインを引いた部分が非常に怪しいのです。
たとえば、専門的職業(ジョブ型職業)の代表格である弁護士ですが、弁護士のニーズが増えたなどという話は聞いたことがありません。法科大学院の関係者が聞いたら憤慨するでしょう。同様に、公認会計士や税理士などの高度専門職も就職難が顕在化しています。インターネットが普及した現代社会では、「知識を売る」タイプの専門職は衰退の一途をたどるはずです。
一方で、この10年で最もニーズが増えた職業だと言われる介護職ですが、「専門性を生かして企業横断的にキャリアアップを行う」どころか、言わずと知れた低賃金・重労働の代表格です。キャリアアップには収入アップが不可欠ですから、収入アップを期待できない職業にはキャリアアップなど存在しません。

すべての専門的職業にニーズが無いとは言いませんが、需要予測があまりにも楽観的であるように思います。結果ありきで議論が進められ、法科大学院と同じ失敗を繰り返さないか心配でなりません。

そもそも「専門的職業」とは何なのかが明示されていない

今回提示された骨子(素案)には「専門的」という言葉が繰り返し使われていますが、専門的職業とは具体的に何なのかは一切記述されていません。8ページ目に「例えば、情報分野、保健分野など」という漠然としたイメージが語られているばかりです。

私見ではありますが、おそらく文科省としては、地方の私立大学(いわゆるL型大学)を「職業人養成大学」に鞍替えさせようという狙いもあると思います。これまでの議論の経過を見る限り、既存の大学や短大から職業人養成大学への移行は比較的容易でしょう。
だからこそ、「専門的職業とは何なのか」という最も重要な論点を素通りして、授与する学位はどうだとか、教養科目はどうするとか、そのような些末な議論ばかりが先行してしまうのです。

理系単科大学並みの高コスト体質になる

「職業人養成大学」が実現されれば、専門職業人として必要な技能を身に付けさせるため、専門学校と同じように実習科目の割合が多くを占めることになるでしょう。一方で、既存の大学と専門学校の中間的位置付けとなる「職業人養成大学」には、大学における一般教養のような授業科目も設けられる方向で検討が進められています。

これが何を意味するかと言いますと、職業人養成大学は理系単科大学並みの高コスト体質となり、それで果たして経営は成り立つのかという問題が生じます。教養系の教員が必要となる分、専門学校よりも価格競争力では劣ることになるでしょう。

講義主体のカリキュラムで運営するならばコスト面での問題は生じませんが、それでは既存の大学と何も変わりません。むしろ、学位の扱いが一段劣るという点で、大学に対して競争力を持つことはできないでしょう。

以上。

ちなみに、文科省サイト(前出のURLを参照)で公開されている参考資料「議論のための参考データ」がなかなかのボリュームなので、ご参考までに目次を貼り付けさせていただきます。

1.産業・雇用をめぐる諸情勢
・日本の将来推計人口の推移……………………………………………………………………4
・労働生産性の国際比較……………………………………………………………………………5
・産業別就業者数及び構成割合の推移 ……………………………………………………6
・職業別就業者数及び構成割合の推移 ……………………………………………………7
・名目GDPに占める産業別割合の推移・職業別就業者構成割合の推移 …8
・新規求人倍率の推移 ………………………………………………………………………………9
・中小企業従業者等が占める割合 …………………………………………………………11
・非正規雇用割合の推移…………………………………………………………………………12
・民間企業における教育訓練費の推移……………………………………………………13
・技術者に求められる能力 ………………………………………………………………………14
・東京圏の年齢層別転出入超過数の推移………………………………………………15
2.各業種・職種における人材の過不足状況とその将来見通し、中堅人材へのニーズ状況
・産業別労働者の過不足状況…………………………………………………………………17
・職種別労働者の過不足状況…………………………………………………………………18
・技能者の過不足状況 ……………………………………………………………………………19
・企業内における専門人材の過不足状況 ………………………………………………20
・職種別人数における2010年実績と2030年推計値の比較 ……………………21
・2010年から2030年における産業別・職種別増加数の推計値………………22
・我が国の企業等における中堅人材の人材ニーズに関する調査研究 …23
3.各高等教育機関の卒業生の就業状況等と企業等の評価
・新卒就職者数の推移……………………………………………………………………………27
・卒業者に占める就職者の割合の推移 …………………………………………………28
・大学、短期大学、高等専門学校、専門学校、高等学校卒業者の産業別就職者数……………………………………………………………………………………………………29
・各高等教育機関における卒業者の就職等の状況 ………………………………30
・企業の人材水準への評価 ……………………………………………………………………31
・専門学校教育の評価に関する現状調査………………………………………………32
4.学士課程で身につけさせる資質能力と職業人としての基礎的・汎用的能力
・教養教育により身に付ける知識・技能・能力等のイメージ……………………35
・「学士力」と職業人等に求める基礎的・汎用的能力………………………………36
・企業が求める人材像と必要な資質能力 ………………………………………………42
・新規採用にあたって重視する点……………………………………………………………43
5.諸外国の大学制度と学位に関する現況
・諸外国の学位及び組織等について…44
・諸外国の学校系統図 ……………………………………………………………………………46
・国際教育標準分類(ISCED)における高等教育プログラムの分類…………49
・欧州資格枠組み……………………………………………………………………………………50
6.各高等教育機関におけるカリキュラム等の実態
・大学と専門学校の教員組織・教育課程の相違 ……………………………………52
・大学等の各分野別の講義、演習、実験・実習の割合 …………………………53
・「成長分野等における中核的専門人材の戦略的推進事業」で開発された専門学校の教育プログラム …………………………………………………………………56
・大学のカリキュラム例……………………………………………………………………………58
・短期大学のカリキュラム例 ……………………………………………………………………59
・高等専門学校のカリキュラム例 ……………………………………………………………60
・専門学校のカリキュラム例……………………………………………………………………61
・旧制実業専門学校におけるカリキュラムの例………………………………………63
7.高等教育機関における産学連携による職業教育等の状況
・大学生のインターンシップ参加状況について ………………………………………65
・「職業実践力育成プログラム」認定制度について(概要) ……………………66
・「職業実践専門課程」の文部科学大臣認定について……………………………67
・高等教育機関への進学における25歳以上の入学者の割合 ………………68
8.各学校種における設置基準等の比較 ……………………………69
9.我が国の高等教育機関における教員の実態と諸外国の教員資格要件
・各高等教育機関における本務教員の学歴構成 ……………………………………77
・新規採用された大学等教員のうち、民間企業等の職を前職とする者の割合(学歴別) …………… ……………………………………………………………………………78
・大学の設置認可における実務家教員について ………………………………………80
・各高等教育機関における教員資格主なもの …………………………………………81
・大学・短期大学の教授、准教授、助教及び講師の資格 …………………………82
・諸外国の高等教育機関における教員資格について ………………………………83
10.高等教育機関における専任教員数に関する基準
・(大学・短大)学部・学科別必要専任教員数……………………………………………85
・大学・短大・専門学校の必要専任教員数比……………………………………………86
11.高等教育機関における施設・設備等に関する基準
・大学設置基準上のキャンパスの考え方(イメージ)…………………………………90
・大学のキャンパスに求められる機能・役割について ………………………………91
・(大学・短大)学部・学科別基準校舎面積 ………………………………………………92
・大学・短大・専門学校の基準校舎面積比較 ……………………………………………93
・大学・短期大学・専門学校に必要な施設・設備 ………………………………………94
・大学のキャンパス等に関する法令上の主な規定 ……………………………………97
・大学院のキャンパスの考え方(独立大学院を含む) ………………………………99
・学校法人の設立にかかる資産要件について ………………………………………100
12.大学入学者選抜改革の動向
・大学入学者選抜改革の全体像(イメージ) ……………………………………………103
・高大接続システム改革会議「中間まとめ」概要 ……………………………………104
・高大接続改革実行プラン(概要) …………………………………………………………105
13.質保証に関する現行の仕組み・取組
・我が国の大学の質保証のイメージ図 ………………………………………………107
・大学における情報公開 ……………………………………………………………………108
・大学ポートレートについて ………………………………………………………………109
・大学等の認証評価について ……………………………………………………………110
・機関別評価と専門職大学院評価に係る基準等に関する細目…………112
・専門学校の第三者評価の例 ……………………………………………………………113
14.各高等教育機関を横断した学修成果の評価・単位授与の仕組み・取組
・複数の高等教育機関における学修成果の積上げに関連する現行制度(大学関係)…………………………………………………………………………………115
・欧州における単位互換を支える諸制度(ボローニャ・プロセス ) ………116
・諸外国の学修成果・職業能力の認証・評価制度 ………………………………117
・技術教育等の学修成果の評価を促進する仕組み(検討イメージ例) 118
15.産業界等との連携の取組
・専門学校と業界との連携の視点 ………………………………………………………120
・成長分野等における中核的人材養成等の戦略的推進 「観光」 ………121
・日本技術者教育認定機構(JABEE) ……………………………………………………122
・理工系人材育成に関する産学官円卓会議 ………………………………………123
16.各高等教育機関における振興方策等
・高等教育におけるキャリア教育・職業教育 ………………………………………125
・「短期大学の今後の在り方について」(審議まとめ)の概要 ………………126
・高等専門学校教育の充実について …………………………………………………127
・専修学校教育の振興方策等に関する調査研究報告の概要 ……………128

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