しくじり大学職員による「こんな改革マンは失敗するぞ!」

旧態依然と言われる大学業界ではありますが、そんな組織の内部にも大学改革に熱を上げる事務職員は少なくありません。一方で、そうした「改革マン」がいまひとつ成果をあげられない背景には何があるんだろうかという点を、私自身の失敗談も交えてご紹介したいと思います。

《その1》改革だ改革だと自惚れてはならない。なにもかもが問題に見えるならば、まずは己の無知を疑うべき。

どのような問題点であれ、長らく残されてきた問題には何かしらの理由があります。勢い勇んで改革の矢を向けても、解決の糸口すらつかめずにウヤムヤにする似非改革者がどれだけ多いことか。なぜ先人たちが問題を解決できなかったのか、謙虚に学ぶ姿勢が無ければ改革者にはなれません。

《その2》改善計画は1勝9敗でも勝てればよい。全勝でも試合に負けるような計画では意味が無い。

改善計画を立案するうえで非常に重要なことですが、全ての目標を達成しても試合に勝てないような計画を立ててはいけません。たとえ1勝9敗でも大学のプレゼンスが向上するような、決定打を含んだ計画でなければ意味がありません。大学改革が成功しない理由の多くはこの点にあると考えて間違いないでしょう。

《その3》改善計画というものは、それを聞いた人たちが、「今日はいい話を聞くことができた、元気が出たよ」と思えるような伝え方をしなくてはならない。

大学改革に欠かせないのが協力者の存在です。協力者を得るためには自分の考えを理解させることよりも、相手の心に何を残せるかが大切です。時間をかけて説明しても、知識を植え付けるだけの話では、決して共感を引き出すことなどできません。そのような一方通行の改革者に限って、「ウチの教職員は非協力的だ」と愚痴を垂れるのです。

《その4》改革を語るとき安易に資料を使うな。資料は求められてから渡すものだと心得よ。

何かを説明する際、配布資料は話し手にとって便利な道具ですが、聞き手にとってもそうだとは限りません。とりわけ改革に絡むような資料では、自身に不利益な記述を見落とすまいと疑心暗鬼になりがちです。話し手が資料に頼れば頼るほど、聞き手は協力者の立場で話を聞くことが難しくなるものです。読めば済むものは各自で読んでもらい、時間を共有する場では相手を協力者にするために必要なことを語らうべきです。

《その5》人には人のタイミングがある。それを忘れるな。

人間には大事を為すべき時期(とき)というものがあります。そのタイミングだけは他人が変えられるものではないのです。相手の立場に寄り添い、愛情深く声に耳を傾ける姿勢が無ければ、いつまでも協力者を得ることはできません。

《その6》データを集めてから俯瞰して改革案を考えよう、という順序は間違っている。そもそも大学改革をリードする人選から見直さなければならない。

改革することありきで大学改革に臨もうとすると、まずはデータを集めてから俯瞰して考えよう、という誤った手順に陥りがちです。しかし、そのような資料なりデータなりというものは、あらかじめ全体像を理解できていなければ作れるはずがありません。たとえ手当たり次第にデータを集めたとしても、それらの情報を体系化することなどできません。データというものは、俯瞰的な理解を持つ人が、仮説を証明するために利用するものです。

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